大東市の寶塔神社(ほうとうじんじゃ)に行ってきた。「宝塔神社」と書かれることもある。野崎の集落から山のほうへ入っていく。
歩いてたら民家がだんだん減って、いつの間にか完全に山の中やった。そんなところに建ってる神社や。
早朝の散歩にちょうどええと思う。人もおらんし、静かで空気が違う。
道標から山へ入っていく

道標に距離が書いてあった。宝塔神社まで約0.5km、堂山古墳群まで約0.6km。
逆方向は東高野街道が約0.1km、野崎駅が約1.0km。駅から歩ける距離や。


最初は民家のあいだの細い坂道。案内板が要所に出てるので迷わへん。
この神社、「野崎不動尊」とも呼ばれてるらしい。案内板にはその名前で書いてあった。
民家が途切れて、急に山の中
登っていくと民家がだんだん減っていく。そしてある地点から、完全に無くなる。

池が出てきたあたりから、空気が変わる。大阪市内から30分ほどの場所とは思えん静けさや。


竹林の中を抜けていく。日が差し込んで、これがなかなかきれいやった。


イノシシ出没注意

途中に「イノシシ出没注意!」の看板があった。ここは大阪府大東市やけど、れっきとした山の中や。
早朝や夕方に行くなら、この看板のことは頭に入れておいたほうがええと思う。
鳥居をくぐって社殿へ

木立の中に鳥居が立ってて、その先に石段が続いてる。


石段を上がると社殿。小さいけど手入れが行き届いてて、狛犬もちゃんと守ってる。
ここまで登ってきた人しか見られん景色やと思うと、ちょっと得した気分になる。
説明板を読んだら、野崎観音とつながってた

境内の説明板を読んで驚いた。この神社、野崎観音(慈眼寺)と関係があった。
- 主祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。由緒は不明やけど古くから在る神社
- 昭和28(1953)年の山崩れで本殿と拝殿が倒壊し、今の形に修復された
- 明治5(1872)年、野崎観音の横にある南條神社が合祀された
- 明治13(1880)年に再び分祀され、祭神の素盞鳴命が南條神社へ移された
野崎観音に行ったときに南條神社にも寄ったんやけど、まさかここと繋がってるとは思わんかった。
狸の「とめやん」の話
説明板にはもうひとつ、境内の小さな石碑にまつわる話が書いてあった。
昔このあたりに「とめやん」という狸がいて、毎日のようにいたずらをしてたらしい。
困った村人が捕まえると、狸がこう言うたそうや。
「皆がとめ公と呼んでバカにする。高吉大明神と呼んで祀ってほしい」
そこで自然石に「正一位 高吉大明神」と彫って、しめ縄をつけ、食べ物を供えてやった。
すると、それからいたずらはなくなったという。


名前で呼ばれてバカにされるのが嫌やった、という理由がなんかかわいい。
堂山古墳群は次回


神社のさらに先に堂山古墳群への道標があった。道標によると神社から約0.1kmほど先や。
今回は時間の都合で行けてないので、次に来たときに登ってみる。
基本情報
| 神社名 | 寶塔神社(ほうとうじんじゃ)/野崎不動尊 |
| 主祭神 | 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) |
| 所在地 | 大阪府大東市 |
| 拝観料 | なし |
| アクセス | JR学研都市線「野崎駅」から東高野街道経由で徒歩。道標で約1.5km |
| 注意 | 山道です。イノシシ出没注意の看板あり |
※由緒などは境内の説明板(大東市教育委員会)によります。
まとめ
派手な神社ではない。けど、民家が途切れて山に入っていく道のりが、そのまま参拝の一部になってる。
早朝に歩いたら気持ちええと思う。竹林を抜けて鳥居が見えたときは、ちょっと感動した。
近くの專應寺とあわせて回ると、この土地の歴史がもっと見えてくる。


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