大東市の堂山(どうやま)古墳群に行ってきた。專應寺を見たあと、その足で登った。

住宅街からすぐ登れて、この絶景や。
住宅街の階段から、いきなり山道

入口は住宅街のなか。壁に「堂山古墳群(大東市指定史跡)200m」の看板が貼ってある。


階段を上がると、すぐ山道になる。住宅街からの落差がすごい。

距離は200mやけど、そこそこ登る。いい運動になった。
丘の上に7つの古墳

説明板によると、ここ堂山は標高80〜100mの小高い丘陵。大東市指定文化財の第12号や。
北は北摂の山々、西は六甲から遠く淡路島、南は和泉山脈まで見渡せる。古代にはこのすぐ下まで河内湖が迫ってたらしい。
古墳が見つかった経緯が面白い。もともとここには浄水池を造る予定やった。昭和44年に地元の人が遺物を見つけて、大阪府教育委員会が2回発掘した。
- 1号墳:5世紀前半(古墳時代中期)。円筒埴輪が廻らされ、鉄製の武器・武具が大量に出土
- 2〜7号墳:100年以上あとの6世紀末〜7世紀中頃。系譜の違う古墳
- 3号墳は須恵質の四注式陶棺、4号墳はT字形の横穴式石室
- 5・6号墳は外護列石と墳丘を共有してる
「金の鶏が埋まっていて正月の朝に鳴く」という伝承も残ってるそうや。

1号墳の副葬品がすごい

1号墳の説明板は令和7年12月に新しくなってた。読んだら中身がすごい。
- 直径約25mの円墳。墳丘の裾で69個体の円筒埴輪の列が見つかった
- 主体部は長さ4.4〜5.3mの墓壙。中に組合式の木棺と、副葬品用の副棺
- 木棺から翡翠製の勾玉・管玉・ガラス玉・紡錘車
- 棺の外から短剣が左に11本、右に14本
- 副棺から甲冑1組と鉄刀18本・鉄鏃198点など
鉄の武器がこれだけ出てるので、百舌鳥・古市古墳群の勢力と武器を通じて深い関係があった、この地域の首長の墓と考えられているとのこと。

山にお墓を作ったって、感心する
上に立つと、大阪平野が全部見える。
こんな山の上に、重機もない時代に墓を作ったんやなと思うと、素直に感心する。
当時はすぐ下まで河内湖が来てた。船から見上げたら、丘の上の墓はよう目立ったんやろな。
基本情報

| 名称 | 大東市立 堂山古墳群史跡広場(堂山古墳群/大東市指定文化財 第12号) |
| 所在地 | 大阪府大東市寺川 |
| 開場時間 | 4月〜9月 8:30〜18:00(または日没) 10月〜3月 8:30〜17:00(または日没) |
| 休場日 | 12月29日〜1月3日、荒天の場合 |
| 入場料 | なし |
| 標高 | 80〜100m(入口から約200m登る) |
| アクセス | JR学研都市線「野崎駅」から東へ。專應寺・寶塔神社の近く |
※内容は現地の説明板(平成24年3月 大東市教育委員会/1号墳は令和7年12月改訂)によります。
まとめ
住宅街の階段を上がって200m。それだけで、1500年前の古墳と大阪平野の絶景に出られる。


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